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アンナプルナ・ベースキャンプ(ABC:Annapurna Base Camp)(3)

<2日目> 渡っている最中は結構緊張する  前日は疲れ果て体力の限界を感じたが、一晩よく寝て少しは元気になった。「今日もまた気を引き締めてがんばるぞ~!」と張り切って登り始める。しかし、前日同様、すごくきつかった。上って下ってを一時間ずつ繰り返す。一番きつかったのは最後の十分。下りの階段だ。山登りをやる人なら分かると思うが、上りはもちろん息が切れてきついが、下りというのは違う意味でかなり疲れる。筋肉が疲労しているときにずっと下り続けると腿がガックガクになってしまうのだ。さらに足を滑らせると終わりなので集中力を切らすわけにもいかない。当時の日記にも書いてあったが、もう無理!ってくらいきつかった。 この旗がある場所には仏教徒が住んでいる。  この日はチョムロンという村で宿泊。前日の村( ガンドルック) もそうだったが、僕がこれまで訪れてきたネパールの村とは大違いで、ライフラインが整備されていて各家庭にテレビもあり、建物も立派だった。おそらく外国人客が多く訪れるため、裕福なのだろう。  この村の標高は2140m。だいぶ寒くなってきた。ゲストハウスの宿泊客は僕とガイドのチョックラさんだけだ。そのため、ゲストハウスの方々はゆとりがあり、ずっと僕らの話し相手になってくれた。ネパール語ができるとこちらの人々の考え方がよく理解できて便利だ! ネパールの多くの女性は毎日この作業を繰り返す。

アンナプルナ・ベースキャンプ(ABC:Annapurna Base Camp)(2)

 <アンナプルナ、トレッキング初日> 登山ガイドのチョックラさんと(出発前)  ポカラをガイドのチョックラさんとタクシーで出発し、スタート地点へ。そしてついに人生初のトレッキングがスタートした。最初の2時間は平地で予想外に楽だった。僕は「トレッキングはこの程度のものか。楽勝だ。」と軽く考えながらさっそうと早足で前に進んでいく。体調もすごくいい。しかし、ヒマラヤはそんなに甘くはないということを、その後、次第に気付かされることとなる。 途中にはこのような橋もある。足を滑らせたら川に落ちて・・・。 ようやくガンドルックに着いた(歩いている途中、写真を撮る余裕などほとんどなかった)。  しばらく歩くとものすごく急で果てしなく長い階段が目の前に現れた。この階段、登っても登ってもいつになっても終わらない。その日の目的地のガンドルックにようやく到着したときはもうクタクタで、考えることすらできない状態になってしまっていた。このトレッキングに備えて体力作りをしてきたつもりであるが、まったく不十分だったようだ。到着後は、村の中をすこし散策したり、ストレッチをしたりしながらただ、ボーっと過ごした。

アンナプルナ・ベースキャンプ(ABC:Annapurna Base Camp)①

 皆さん、お久しぶりです。ブログからしばらくの間遠ざかっていました。ネパールでいろいろなことに挑戦しており、また何よりも停電が多すぎてPCでの長時間の作業ができませんでした。これから再び、僕のこちらでの経験について書いて行きたいと思います。まずは、先月挑戦した、アンナプルナベースキャンプへの登山について数回に分けて紹介します。 僕の通う学校から見えるアンナプルナ(ヒマラヤ山脈)。僕はあの山に行きたかった。 *********************** アンナプルナ・ベースキャンプ登山(1)  僕がアンナプルナ・ベースキャンプ(通称ABC)に行ったのは、言うまでもなく美しくヒマラヤ山脈を目の前で見てみたかったからだ。ネパールで様々な人からトレッキングについてのお話を伺い、自分の足でABCに行くことを決意した。僕の人生ではじめての本格的な山登りになる。今振り返って考えてみると、出発前は不安な気持ちがとても強かった。一番大きな不安は全くの未知の世界に行くことに対する畏れだったと思う。登山ガイドさんが同行してくださるとはいえ、一人でヒマラヤの山の中奥深くに入ることにはかなりの度胸が必要だった。さらに、高山病などの体調面の心配もあった。これまでにヒマラヤ登山を試み、途中で高山病で苦しんだ人の話しをよく聞いて来たし、ヘリコプターで搬送されて戻って来た人も見てきた。周囲には「大丈夫だよ」と余裕の顔をしていたが、心の中では弱くなりそうな自分と必死に戦っていた。  今回ガイドをしてくださったネパール人の方はトレッキングガイド暦10年以上の大ベテランだ。手続きで初めてお会いしたとき、やさしく強そうな方でそれがせめてもの救いだった。 英語も話せる方だったので、ネパール語でわからなくなったときには英語でコミュニケーションもできたので楽だった。 日本人は日本語ガイドをつけるのが普通なのに君はすごいね、と皆に言われ少し嬉しかった。  ガイドさんに言われるままに荷物をまとめ、いざ出発当日を迎えた。  (続く)

My Best Friend In Nepal 英語版

以前に僕の親友について書いた記事の英語版です。 日本語版はこちらをどうぞ↓ http://yoshikinepal.blogspot.com/2012_09_02_archive.html   I am going to write about my best friend, Karna .   He and I first met, when I went to Maidan village for the first time. Both Karna and I were 15 years old and very soon we had a special bond between us. He became a really good friend of mine. Having been the same age, Karna and me had  a huge difference between us. Living in a remote village of Nepal, like many others, Karna was already married and they were expecting their first baby.   Maidan village’s altitude is around  2000 m and it’s mostly cold all the year round. For my visit to Maidan I had bought a windbreaker which cost me around Rs500 ($6).  It was very cold during  March but Karna was wearing shorts and T-shirts. I wondered if he was feeling cold so I asked him “ Aren’t you feeling cold?” He replied, “Yes, It’s cold”. I told  him to go back home and wear warm clothes but h...

人間本来の姿 肉

このブログを読んでくれている方のほとんどは肉を食べていると思う。 僕も肉は大好きだ。 日本で肉を食べたくなったら、スーパーに行って肉を買えばいい。 でも、スーパーのないこの村ではどうやって肉を食べるのか。 そう、生きている鶏や豚を自らの手で、さばくのだ。それしか肉を食べる方法はない。 でも、今の日本人のほとんどはそのことは分かっているものの、気持ちわるいだとか、そのような感情をもってしまうようなイメージがある。実際、僕も日本にいるときはそうだった。 でも、人間が肉を食べるときに動物をさばくのはごく自然なことなのだ。 ちなみに僕はこの村にいるときに村人に頼み、自分で鶏の首を切り、そしてその肉を食べた。 正直に言って、鶏の首を切ったとき、特になにも感じなかった。 こういうと、動物にたいして何とも思わないで、殺すことの出来るひどいやつだ。などと思われる方もいるかもしれないが、日本のスーパーで商品として出されている肉も、同じように殺されているのだ。 人間が、鶏、豚などの動物の肉を食べるのは、弱肉強食という自然界の掟にしたがっているだけだと僕は思っている。 だとしたら、動物に対してありがたく思わなくていいかといったら、そんなことはないと思う。 人間のために死んでいく動物たちに、もちろん感謝しなければならない。 そして、死んでいった動物のために精一杯おいしく食べるというのが、僕たち人間の出来ることなのではないだろうか。 この村で、肉を食べるのは特別な日だけ。 このときもホームステイ先の家で同じ村で暮らしている他の3家族を招いて食べた。 僕は飲まなかったが、みんな自家製のロキシー(お酒)を飲み、肉も食べれて大盛り上がり。 その鶏の肉もとても美味しかった。 この写真に写っている男性が持っているのは、僕が首を切った鶏。 みんなお酒を飲んで、ずいぶんご機嫌でした。

人間本来の姿

おなかがすいたときは、木に登ってなしを採って食べる。 これが、この村のこどもたちのおやつだ。 皮もむかずに、洗うこともなく、そのまま食べる。 衛生面のこと言い出せばきりがないが、これが人間の本来の姿ではないだろうか。 今の日本では、ほとんどの食べ物はなにかしら加工されていて、100%自然な食べ物を食べる機会というのはとても少ないと思う。 日本人の若者のおやつといえば、プラスチックのふくろに入った、バリバリだかプニュプニュしたものばかりで、自然という言葉とは似ても似つかない味のものばかりだ。 でも、この村で子供に木に登って採ってもらって食べたなしは、とっても甘くて、今までの最高のなしだった。 ずっと昔から受け継がれてきたこの村の「おやつ」は、まさに人間本来の姿だ。 しかし、この村では、あの甘くて美味しいなしが、すぐにおもちゃになってしまう。 とったばかりのなしで、子供同士頭を殴りあったり、けんかのための道具となってしまう。 なしで頭を殴られた子供の頭に、果実がたっぷり乗っかっているのを見ると、つい笑ってしまうが・・・笑 食べ物はもっと大事にしてください!!笑

最高の友情

今回は僕の最高の友達の1人、カルノについて書きます。 僕と彼が出会ったのは3月、初めてこの村(マイダン村)に行ったとき。 彼は僕と同じ15歳(当時)なのに、結婚もしていて、子供も奥さんのお腹にいるという僕とは状況が全く違うが、同い年ということですぐにお互い打ち解け、いつも一緒にいた。 その村は、標高2000メートル近く、年中寒い日が多い。 僕は村に行く前に買った、現地価格500円のウィンドブレーカーを着ていた。 しかし、彼はこんなに寒いのに、Tシャツに短パン。 そんな彼に僕は寒くないのかと聞くと、「寒い」と答えた。 そりゃそうだと、「長袖着てきなよ!笑」と笑いながら言うと 「長袖は持ってないんだ」と、笑ってはいたが悲しそうな目で彼は言った。 僕は色々な感情が混じり言葉も出なかった。 こんな寒いところで暮らしているのに、長袖の1枚も持ってないなんて・・・。 別れの日、僕はその500円のウィンドブレーカーを友情の印として彼にあげた。 すると彼はとても喜んで、ずっとありがとうと僕に言っていた。そして、また会うことを約束した。 それから5ヶ月、僕は彼に会うことをとても楽しみにしながらその村へと向かった。 村に着き、村人と話したりしていたのだが、いつまでたっても彼は来ない。 そこで僕はカルノはどこにいるのか聞いてみると、村人の1人が「彼はもういない。」と、悲しそうな声で言った。状況をのみこめなかった僕が詳しく聞いてみると、彼は出稼ぎでマレーシアに行ったというのだ。ネパールを出るとき、僕のあげたあのウィンドブレーカーを着て、「これは僕の親友がくれた大切なものだ。」と言って、それを着ていってくれたそうだ。 これを聞いたときの気持ちを文章にして書くのは難しい。ただ、ネパールに来てから1番悲しく、切なかったことには間違いない。 ネパールでは、収入が少なく、家族を養うために海外に出稼ぎに行くことは多い。しかも、1度出稼ぎに出ると、ネパールには数年間戻って来れないのだ。カルノも3年後までネパールには戻らないという。 同い年の彼と自分の人生の違いに、驚きを隠せなかった。 15歳で出稼ぎに出るなんて・・・。 出稼ぎで外国に行くということは想像以上にとても大変なことだ。 出稼ぎ労働者に対する給料は、驚くほどに少なく、自分たちの生活も大変なのに...

水汲み

前回書いたように、この村には水道がありません。 すべての家庭が毎朝毎夕水を汲みに行きます。 ネパールでは、水だけではありませんが、重いものを持つときには、おでこに太いひもを引っ掛け、荷物を背中のところでまたひもに引っ掛けて運びます。 僕も水汲みはしましたが、なんと背中にある水の重さは約30KG!つまりおでこに30KGの重さを引っ掛けて家まで歩くわけです。 僕の場合、体力的には問題ないのですが、おでこと首がすごく痛かった!でも、僕よりもちいさな12歳の女の子が僕と同じ重さの水をおでこに引っ掛けて山道を笑いながら上っていたのを見たときは、何ともいえない気持ちでした・・・。 水汲みは子供の仕事。大体女の子がやっています。 大変だとは思うけど、水汲みは慣れが肝心!慣れればなにも問題はないそうです!  みなさんも日本で試してみてくださいね! ちなみに僕の家族は、最後の2日間だけこの村にいました。  水がこぼれそうになってサポートしてもらいながら運ぶ僕。 10歳くらいの女の子。 

村に行ってきました!

10日間村に行ってきました。 パルパ県という場所にあるマイダン村というところで、3月に1度行ったところです。 5ヶ月ぶりだけど、村に着いてみると村人のみんなは僕のことを覚えてくれていて、1人で来たことを驚いていました。 マイダン村に行くためには、ポカラから車で4時間のところにあるパルパ県の県庁所在地タンセンに行き、さらにそこから4時間車で走ったところにある、ドリマラ村というところまで行きます。 そして1時間ほど歩いてマイダン村に到着します。行くだけでも1日か2日かかります。 正直にいうと、この村には何もないです。電気(電気は一応通ってはいるが、電化製品がないのであまり意味がない)、水道、ガスもないし、お店だって小さな駄菓子屋のようなものが最近できたばかり。 何もない。だけどこれは悪い意味ではありません。この何もない小さな村に人を幸せにする素晴らしいものが詰まっています。何よりも、人が素晴らしいのです。いつも顔をくしゃくしゃにして、大声で笑っているんです。それに本当に優しくて、僕たち外国人のこともいつも歓迎してくれます。 そんな村人の笑顔と心、そして自然の美しさに魅了され、またこの村を訪れました。 これからこの村で起こった様々な出来事を書いていきます。 ぜひ読んでください! マイダン村。人口推定120人の小さな村です。

日本から友達がやってきた

もう日本へ帰ってしまいましたが、僕の友達が初めてネパールに来てくれました! 10日間滞在し、なんと僕の通う現地校にも遊びに来てくれました! この写真は、彼が僕の学校を訪問したときの写真。予想通りかなり緊張していました。 でも、友達も出来ていたようだし、いい体験になったんじゃないかと思います。  50円ヘアカットに挑戦。  カトマンズ・バクタプールでホームステイさせてもらった家族と記念撮影  このほかにも、様々な人に出会い、様々な体験をして日本へ帰っていきました。 最後に来てくれてありがとう! 是非みなさんもネパールに遊びに来てください!

試験 おかしなところ

試験開始直前に撮影した写真 今日はネパールの試験で起こったおかしなことについて書きます。 ① 試験初日、理科の試験中に理科の担当の先生が僕の机にやってきて、 「よしき、元気か?  ・・・よしきは答え書かなくても大丈夫だよ~!わっはっは」 僕「いや、それはまずいんじゃないんですか?」 先生「大丈夫だよ、だれも何も言わないよ~!わっはっは」 僕も笑ってしまった。 ② 僕の友達の女の子が僕の前の席に座っていたのだが、試験開始直前 「ねぇヨシキ、わかんないところがあったら私の答え見ていいよ!  あ、それから私がわからなかったらヨシキの答え見せてね!」 僕「いや、でもそれってカンニングでしょ?まずいでしょ?笑」 友達「大丈夫だよ~だれもなにも言わないよ~!」 こんなにも当たり前にカンニングが行われていると思うと、爆笑してしまった。 昨日のブログでカンニングしまくりの女の子について書いたが、今日の試験でも大活躍でした! ちなみにその女の子はこの写真に写っています!

学校の試験初体験 続

今日は昨日の続きを書きます。 僕には完璧なカンニング対策に思えたのだが、試験開始20分後、あり得ない光景を目の当たりにした。 僕のとなりに座っていた8年生の男の子が、2つ前の机に座っている友達に 「おいっ、OO!6のA!」と、小さな声でその問題の答えを聞いていたのだ。 それに対してその友達は「ちょっとまって、僕もそこわからないんだよ。・・・おい××!6のAの答えは?」と、他の同級生いにまで答えを聞きだそうとした。 ××は「24だよ」と、悪びれる様子もなく答える。それにやっと気づいた先生、何をするのかと思ったら「・・・ウェイッ!!」と、叫んで注意しただけだった。 これが教室中で行われているのだ。しかも、近くの席どうしでやっているわけではなく、かなり離れたところ同士でもやっている。 ここまで堂々とカンニングができるのかと、僕は笑いをこらえるのに必死だった。 しかし、カンニングは続く。一番ひどかったのは、6年生の女の子。 カンニングをし続け、先生に叩かれ、怒鳴られても、カンニングを続ける。後ろに振り返り、答えを聞き続ける。 ついに先生があきらめ、その後その女の子は、自由にカンニングをすることが出来た。 明日は、ネパールの試験のおかしなところ(かなりおかしいです。)

学校の試験初体験

昨日、初めてネパールの学校で試験を受けた。 色々と日本とは違ったので、そのことを書きたいと思う。 まずは、ネパール(僕の学校)独特のカンニング対策法。 日本では自分の教室で試験を受けるが、僕のネパールの学校では、1つの教室に1学年(6年生~10年生)10人づつ入れる。そして、座席も学年関係なくゴチャゴチャに配置する。そうすると、となりの席の人の回答を見ても、自分と学年が違うのでカンニングが出来ないというわけだ。 僕の学校では、1つの長い机(日本の学校の机2つ分ほど)に3人が座る。同じ学年の生徒が1つの机に3人も座ったらカンニングし放題。そのための対策法なのだが、これは素晴らしい方法だと思う。これではカンニングは絶対に出来ないだろう・・・と思っていた。 続きはまた明日。

ページビュー 1万人突破!

やっとのことでページビューが1万人を突破しました・・・!! ブログを見ていてくれた方々、本当にありがとうございます! これからも、よろしくお願いいたします!

ポルトガルのTシャツ

皆さんはサッカー ユーロカップを見ているだろうか。 昨日、そのユーロカップの試合でスペインーポルトガルの試合があった。 結果はスペインの勝利に終わった。 今日、僕はポルトガル代表のTシャツを着て自転車に乗っていたのだが、男の子とすれ違うたびに、 「oh~~~ ポルチュガ~ル!(こんな発音)昨日負けたね~!ははははっ!」 と、叫んでくる。 僕は「ははは~負けちゃったよ~!」と笑いながら答える。 今日、30分ほどで20回ほど色んな男の子とこの会話を繰り返した。 ネパール人の男の子のサッカーに対する情熱といったらすごいもので、学校でもずっとサッカーの話しをしている。特に今はユーロカップの最中なのでみんなかな~り燃えている。 だから、昨日の試合でポルトガルが負けたということは誰もが知っているので、みんなポルトガルのTシャツを着た僕に話しかけてくる。 ポルトガルを応援していた僕は一瞬むかっ!となったが、他人の僕にいつでも話しかけてくれるネパール人のフレンドリーさを改めて実感した出来事だった。

2度目の新聞記事

http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/children/jkids/20120616-OYT8T00427.htm 僕の書いた2回目の記事が新聞に載りました。 今回は、ネパールで毎日2回食べるダルバートについて。 ネパール・ポカラ発  ネパール料理といえば「ダルバート」=写真=。カレーのような料理で、ネパール人は1日2回の食事でほぼ毎回食べます。  ダルが豆、バートが米という意味ですが、 実際 ( じっさい ) はライスと豆スープ、トルガリ(カレーのルー)、アチャール( 漬 ( つ ) けもの)が一つの大きなお 皿 ( さら ) にのせられてきます。それを手で混ぜて食べるのです。  家庭によって味が様々で、 辛 ( から ) かったり、塩辛かったりしますが、どこでも、お米の量はかなり多いです。 超大盛 ( ちょうおおも ) り以上という表現がわかりやすいかもしれません。  ネパール人の食べる量は 想像 ( そうぞう ) を 絶 ( ぜっ ) するほどで、何度も盛ってもらう人が少なくありません。 僕 ( ぼく ) は必死に「プギョ!プギョ!(お 腹 ( なか ) いっぱい)」と言うのですが、ホストマザーの悲しそうな 視線 ( しせん ) に負けてつい食べ過ぎてしまいます。でも、すごくおいしいので、毎日食べても全然 飽 ( あ ) きません。   関 ( せき )   愛生 ( よしき )  16歳 (2012年6月23日  読売新聞)

敗退・・・

ついに敗退してしまいました。結果は0-1。 前半5分に点を決められ、そこから何度もチャンスを作りましたが得点にはいたりませんでした・・・。 この日も学校の生徒たちが応援に駆けつけ、かなり全力で応援していました! 試合終了後、負けて悔しがる選手に慰めの声をかけて、帰りのバスのなかで10分ほど待っていると、何かみんなの様子がおかしい。 僕「なにかあったの?」 選手A「相手のチームが大学生くらいの選手を何人か使ってたんだよ!」 僕「え?そうなの?なんで分かったの??」 選手A「だってあの選手の体すごい大きかっただろ?それにプレーも上手いし。」 僕「でも見た目だけで決めるのはよくないんじゃない?・・・そういえば、相手のチームのキャプテン、前試合した軍隊学校の選手に似てない?? 選手A「え?!あっ!本当だ!!そうだよ、絶対!!」 僕「いや・・・わかんないよ?!似てるかな~って思っただけだし・・・」 選手A「コーチ!相手のチームのキャプテン、軍隊学校のサッカーチームの選手です!!」 コーチ「それは本当か?!ちょっと大会の主催者側に訴えてくる!キャプテンも来い!」 コーチ「相手のチームは3人、大学生の選手を使っていました!それから1人は他の学校の選手です!相手チームの反則です!」 主催者側「・・・ちょっと待ってくれ、今ご飯食べてるから終わってからにしてくれ。」                 30分後 コーチ「ご飯終わりましたか?!」 主催者側「え・・・あ~終わったよ。で、何?」 コーチ「だから・・・・・・・・・・(説明)」 主催者側「それは本当なのか?わかったよ。調べてみる。でも、数日間待ってくれ。」 僕「コーチ、数日後には大会終わってますよ??笑」   コーチ「うん・・・」 そこでコーチのした行動とは??!! 財布を取り出した。まさか・・・やはりわいろだ。ネパールではわいろは本当によくあること。わいろのお金だけですべて変わってしまう。 しかし・・・コーチの財布には約1000円ほどしか入っていなかった。これでは足りない。 しょうがないので何とか今日までに結果を教えてくれるように頼んで会場を後にした。                  バスの中で・・・ 僕「どうなるんだろうね」 選手一同...

3連勝!!

応援に駆けつけてくれた我が校の9、10年生の生徒たち。 (青い服がそうです) 点が決まり、喜ぶ生徒たち。 今日あった試合について・・・ またまた勝利!3連勝です! 今日は学校のクラス9、10の生徒が応援団として来てくれました。 サポーターがいることでモチベーションもあがり、なんと3-0で勝利しました! あと2試合勝てば全国大会です!! がんばれ、KUMUDINI HOMES!

犬がやってきた!

寝ているヨーヨー(犬)を不思議そうに見つめるリタ(猫) 僕らの家に犬がやってきました! 生後1ヶ月ほどで、かな~り小さいです!まだ上手く歩くこともできません。 僕の猫リタは突然やってきた犬にビックリ!でも、喜んで一緒に遊んでいます。 でもよく喧嘩してるけど・・・笑 ミルクを一緒に飲んだりととってもかわいいです! 仲良くなってくれること祈ります!

サッカー大会2試合目

2試合目もまた勝利してしまいました! 結果は2対0です。 2点ともキャプテンのシドゥの得点! 見事でした。 帰りに友達にあと何試合勝てば優勝なのか聞いてみると、 「あと3試合勝てば優勝で、そしたら全国大会だよ!」 5試合勝つだけで全国大会に行けるのだそうです。 これが本当のユニフォーム 今日のBEST PLAYER,シドゥ