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日本のみなさんありがとうございました

今、大量の本と、お土産を荷物に詰め込み、重さを量ってみた。小さな図書館が出来るくらいの本を持ち帰るので予想どおり重量オーバー。空港のチェックインの際に難航しそうだが、今までは大丈夫だったという適当な理由でこのことは見逃すことにした。 短い日本旅行。4日という日々はすぐに消え去ってしまった。でも、この期間に多くの人と会い、多くのことを経験した。悔いなくネパールに帰ることが出来ると思う。 日本でお世話になった方々には本当に感謝しています。どうもありがとうございました! 今日の夜12時の飛行機でタイ、バンコクに行き、7日の飛行機でネパールに戻ります。 移動中はブログを更新できませんが、タイに着いたら、少しタイの街のこともこのブログで紹介したいと思います。どうぞお楽しみに!

表彰式 写真

賞状とトロフィーをもらいに中央へ。 後ろに写っている方は、高円宮妃殿下。  読売新聞の社長から、賞状を受け取ったとき。 読売新聞のカメラマン、中島さんとネパールのことについていろいろと話しています。エベレストの7000メートルまで登ったというのだから驚きました。7000メートルまで歩いて登るというのは本当にすごいことなんです。僕も機会があればやってみたいと思います!

弟のブログ

ネパールのこととはまったく関係ないのだが、実は弟もブログをやっている。 ネパールにいるとき、1週間ほどネットのつながらない環境にいて、このブログを更新することが出来なかった。その間弟は、毎日自分のブログをこつこつと更新していき、その1週間でページビュー(今までに何回そのブログにアクセスされたかどうか分かる機能)で、100人以上の差をつけられてしまった。 それから、僕も毎日ブログを更新することが出来るようになって、すこしずつ差をちじめていった。 そして・・・今現在の段階で、なんと差が28人!今日一日で50人ほど差をちじめることが出来た。 このまま一気に弟を追い越して行きたいと思います! ・・・もちろん、弟のブログの名前は教えません! でも、弟も海外についてのブログで日常で起きていることが書いてあり、なかなかおもしろい。

表彰式2

今回の作文コンクールで賞をとった、33人。さすがみんな頭のよさそうな顔をしていた。僕みたいな人間がいるところではないような気がしたが、いい体験ができた。 最初にリハーサルをし、そして記念撮影。そのあとやっと本番だ。1時間だけの表彰式のために随分時間がかかると思ったが、僕の人生の中で何度も経験できることではないので、その雰囲気を楽しんでいた。 一番嬉しかったことは、会場にいた一人の男性の方に「おめでとう!ブログ読みましたよ!」と、いきなり言っていただいたことだ。僕のブログを読んでくれている方に実際にお会いすることが出来て、ありがたい言葉をいただくことが出来て、とても幸せな気分になった。これからも、このブログを読んでいただいている方々のために、そしてネパールという素晴らしい国のことについて知ってもらうために出来るだけ毎日このブログを更新していきたいと思います。

表彰式

弟とずしりと重いトロフィーをもって記念撮影。   読売新聞に載せるための写真撮影。兄弟受賞ということで記事になるそうだ。 めがねをかけている男性の方が、カメラマンの中島さん。左の女性の方は、元子供記者。                児童文学作家の末吉 暁子さんと記念撮影。 表彰式が終わりました。 生まれて初めてと言ってもよいすごくいい体験が出来たと思う。自分自身のことを表現することの大切さを教えていただいた。また、多くの素晴らしい人々との出会いもあった。児童文学作家の末吉暁子さん、読売新聞の写真担当の中島さん、読売新聞の佐々木さん、そして読売新聞の子供記者のお二人など。普段なら知り合うことの出来ない方々ばかり。末吉暁子さんには名刺をいただくことができた。帰宅後すぐに連絡をさせていただいた。読売新聞の中島さんはネパールのことに詳しく、面白い話をたくさん聞かせてくださった。中島さんはエベレストの7000メートル地点まで登ったという。自分もネパールにいる間にチャンスがあればやってみたいという気持ちが強くなった。佐々木さんと子供記者の皆さんには、僕のことについて取材をしていただいた。 皆さん、本当にありがとうございました!

取材?え?

明日、作文コンクールの表彰式がある。 今は表彰式会場であるホテル ニューオータニから歩いて5分ほどのところにあるホテルにいる。 さすが、東京のど真ん中。ネパールとは比べ物にならない。 今日、ホテルでチェックインをすると、ホテルの方から手紙を渡された。封筒には読売新聞と書いてある。なにが書いてあるのかと思って急いで読んでみると、ものすごいことが書いてあった。 そのまえに、このブログにはまだ書いていなかったことがある。実は僕の弟も、小学校高学年の部で僕と同じ、読売新聞社賞を受賞したのだ。そういうわけで兄弟受賞したわけだが、こういうことは前代未聞だという。 土曜日の夕刊に「週間KODOMO新聞」というコーナーがあるらしい。このコーナーは、小中高校生による「ヨミウリ・ジュニア・プレス」(ジュニア記者)が取材し、書いた記事を中心につくるものだという。そのコーナーに僕と弟の記事を載せたいという。そのための取材を明日行いたいとのことだ。

日本 ダッシュ

東京都にある駅にいると、ひとつのホームに向かって大勢の人たちが走り出した。発車間際の電車に乗るためであろう。制服をきている高校生や中学生、今時の若者、スーツ姿の男性、みんな走っていた。 これもよくある光景だ。 この光景で、自分は今日本にいるということをやっと実感した。 ネパールでは違う。まず電車がないのだが、ネパール人はどんなことにもゆっくりゆっくり。歩くスピードだってすごい遅いし、待ち合わせの時間を守るということも少ない。という話はよく聞く。

日本 スーツ

きのうの朝5時に新羽田国際空港に降り立った。 約一年ぶりの日本は、予想よりも暖かかった。 すぐに電車で都内へと向かったのだが、朝早いのにも関わらず多くの人がスーツを着て、足早に駅のホームを過ぎ去っていった。 この光景は日本では当たり前のものとも言える。日本に住んでいる人ならばこの光景になにも思うことはないだろう。 ネパールではスーツを着ている人を街の中心に行ってもほとんど見ることがほとんどない。 しかし、日本ほどスーツ人口の多い国はないのではないかと思う。 ネパールでスーツを着る人というのは、銀行で働いている人くらいしか思い当たらない。政府の人間も私服で仕事をしている。

読売新聞社賞 受賞作品

今日、読売新聞に僕の名前が出た。 夏休みの作文コンクールのことでだ。 せっかくなので、僕の作文をブログに載せることにした。 世界と向き合って生きていく 泰日協会学校(中学部) 3 年 4 組 関愛生 ネパールの首都、カトマンズの街並みが飛行機の窓の外に見えてきた。山に囲まれた小さな都市。高層ビルは1つもなく、小さな家がぎっしりと立ち並ぶ。僕は本当にネパールに戻って来てしまった。これからここに 3 週間滞在する。今さらながら自分自身に対する驚きや不安ばかりが僕の心を覆っていた。 4 年前、家族と共にネパールに訪れた。父は大学生の研修を引率してネパールを訪れたことが何度もあり、「素晴らしい国だ」と言って勝手に旅行を計画した。当時僕は小学6年生。ネパールがどんな国かも知らず、父に言われるままに小学校の卒業式直後に旅立った。この旅行では 10 日間ほど滞在したのだが、ただただ苦しい思い出しか残っていない。まず、数日目でひどい食中毒にかかってしまった。最初に症状が出た夜、僕は安いゲストハウスに宿泊していた。急いでトイレに行こうとしたが電気がつかない。その当時ネパールでは一日十二時間は停電していたのだ。初めて宿泊するよく分からない部屋で、電気がなくてトイレの場所がわからないとどうなるか、これ以上は書きたくない。結局翌日から入院し、人生初めて点滴の針と共に何日もベッドの上で過ごした。その後山岳地帯も訪れたが、そこへ行く道のりは険しく、途中の車中で何度も嘔吐した。トイレは汚く、ごはんを手で食べることにも違和感があり、牛など動物だらけで臭くて、蜂も恐ろしいほどにたくさんいた。カトマンズでは人が火葬される場所を見学したが、大変失礼なのだが恐怖感しかなく一刻も早くその場所を離れたかった。父が僕に多様な文化を学ばせたいという気持ちがあったことは今では理解できる。しかし、当時の僕にはその気持ちを理解する心のゆとりはなく、正直に言ってネパールが嫌いになり、こんな国には二度と来ないと心に固く決めたのを覚えている。 帰国後僕は東京の中学校に入学した。そして今年の 4 月からは父の仕事の都合でタイのバンコクに住み、現地の日本人学校に通っている。学校はとても楽しい。よい友達がたくさんいて、先生方も僕のためにとても熱心に教えてくれる。僕は勉強は得意な方ではないが学校で多くのことを学んでいると...
これは、いろいろな色の粉だ。 この粉はティカという、インド人がおでこにつけている丸いものと同じようにおでこに塗るための粉だ。 この粉はバザールに行くと売っている。 ティカとはなにか僕も詳しくは分からなくて、ネットで調べてもなにも出てこない。 ※もしティカのことを知っている方がいましたら、コメントしていただけるとありがたいです。
これが何だか分かるだろうか。 これは、ポカラにある小さな川の写真を橋の上から撮ったものだ。 よく見れば分かるが、色とりどりのごみが大量に捨てられている。 ネパール人はごみをポイ捨てしてはいけないという意識はないので、どこにでもごみが捨てられてある。

この犬の写真を見てなにを思うだろうか。 死んでると思う人もいるのではないだろうか。 このような光景はネパールではよく目にするが、これは死んでいるのではなく寝ているだけだ。 この犬は僕の通学路の途中でいつも寝ている犬で、起きているところを見たことがない。でも、この犬は野良犬ではなく飼い犬だ。でも日本の多くの犬のように、ひもではつながれていない。ネパールの犬はどこへでも自由に歩くことが出来る。 ネパールでは野良犬も多く、狂犬病などに気をつけなければならない。

ローカルバス

  これは、ローカルバス。ローカルバスには2つの大きさがあって、大きいのがこのバス。小さいのは、大きめのワゴン車みたいなものだ。 大きいバスには乗るところが1つしかなく、ドアはついていない。 お金はバスの中で払う。値段は正確にはわからないが、5ルピー(5円)、10ルピー(10円)、そのくらいの値段だ。日本に比べるとものすごく安い。
この2枚の写真では、バザールのことは全然わからないと思うが一応雰囲気だけ見てもらえればと思う。これは、平日のお昼ごろ。もう少し奥に行くと人が多くなる。 バザールでは、生活で必要になるものは何でも売っている。服や電化製品、ポカラに1つだけある大きなスーパーマーケットもある。

フェワ湖の前の公園

この写真はフェワ湖の前の公園。僕の知っている限りでは、ポカラで1番大きな公園のひとつだとおもう。 この写真ではすこし見にくいが、奥にはフェワ湖。その手前にはサッカーコートがある。サッカーコートといっても、ゴールは竹の棒3本だけでつくった、日本では見ることの出来ないようなゴールだ。 この公園はすごい静かなので、ボーっとしたいときはこの公園に来るのがいいだろう。

アヒル

これは、僕のホームステイしている家の向かい側の家で飼われているアヒル。 この二人(?)は一日中一緒に行動していて、毎朝「ぐわっ!ぐわっ!」と二人そろって、僕を学校へと送り出してくれる。・・・もしかしたら、警戒されているのかもしれないけど。

ネパール警察

  この写真はネパールの警察だ。 ネパールの警察の制服は二つあって、1つはこの写真に写っている、青い迷彩服の警察。 彼らは、写真でも分かるようにかなり大きな銃を持ち歩いている。 銃のことは全くの無知だが、これはマシンガンなのか? もう1つの制服は、黒いズボンに青いセーターに赤いバレットのような帽子をかぶったようなものだ。 彼らは、銃などは持たずに、細い木の棒のみを携帯している。手錠すら持っていない。 そんな装備でなにかあったとき大丈夫なのか、と見るたびに思う。

見て分かるとおり、これは牛だ。性格には水牛だが、これは牧場で撮った写真ではなく、町の中で撮ったものだ。 インドでは町の中で牛が歩いている。これは有名な話だ。 実はネパールでも同じなのだ。 飼われている牛も野生の牛もみんな町の中を歩いている。道路の真ん中で寝ているというのは、ここではよくある話。 ネパール人は、牛が自分の家の前に来てそこで寝ていたり、草を食べていたりすると、「しっし!」と言って追い払う。正確な音は「シュィ!シュィ!」というような音。

ネパールの道路

 左の写真はポカラのレイクサイド。 見て分かるように、白線がない。 ※一方通行ではありません。 右の写真も、同じくレイクサイド。 白線のない狭い道路を多くの車、トラック、バス、トラクター、バイクが通る。 ネパールの道路には信号がない。 スピード制限もない。 ルールは何もない。 そのため、毎年大量の交通事故が起きるが、ルールがなにもないのではしょうがない。