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僕の暮らすネパールから母国ドイツに渡り考えたこと

                                         僕の暮らすネパールから母国ドイツに渡り考えたこと  僕の家族はいつも急に大事なことを決めてしまう。外国に行くときでもそうだ。行くと決めた数日後には出発ということが今までに何度もあった。  今回もそうだった。ある日ホームステイ先の家から家族の滞在しているアパートに行くと、ドイツに行くことになったと母に伝えられた。出発は何と 2 日後。さすがに 2 日後は急すぎるとは驚いたが、同時に嬉しさを隠し切れなかった。なにしろ 2 年ぶりなのだ。仲のいい従兄弟たちにも長い間会っていない。みんな元気にしているだろうか。さらに正直に言うと、日々の不便な生活から一時でも逃れられるという気持ちがあった。早速、ウキウキとした気持ちで荷造りを始めた。  その夜、ネパールの家族にドイツに行くと伝えると、もちろん皆驚いていた。「ヨシキは本当にラッキーだね~」と、ネパール人のホストファーザーに言われたのだが、本当にその通りだ。ネパール人にとって外国に行くということは、ものすごく大変なこと。パスポートやビザなどの取得を含め、外国に行くために何年も準備をしなければならない。日本人が自由に訪問できる国でも、ネパール人はビザや身元引受人なども必要となる。また、ネパール人で出稼ぎ以外の理由で外国に行く人などほとんどいない。ホストファーザーはやさしく笑いながら言っていたのだが、この言葉は僕の心には深くつき刺さった。  出発の日、ヒマラヤ山脈がとても綺麗に見えた。恐らく今年一番の美しさだったであろうその壮大な山々に見送られ、僕たちはネパールを発った。  それから UAE の首都アブダビ経由で約一日かけてドイツに到着した。空港には叔母(母の妹)が迎えにきてくれていた。久しぶりの再会に喜びながら、早速おばさんの家に向かった。二年ぶりに会った三人の従兄弟たちは以前と変わっていなかった。僕らに会うのをすごく楽しみにしていてくれたらしく、到着するとすぐに遊びに誘ってきた。僕は弟を含めた 5 人の中で一番年上なので、遊ぶというよりも世話をするという感覚の方が強い。  しかし、到着して十分もしないうちに僕はあることに気がついた。それは、そこにはありとあらゆる「不必要」なものに溢れているということだ。以前はそん